こんにちはヒロキです。
基本的に他人を信じて生きていません。
特にネット上の情報だったり、投稿は見ていますが、信じません。
友人、知人からの情報も信じません。
合理的、かつ他人に依存することなく生きていくには「人を信頼して生きる」というファンタジーを捨てる必要があります。
こう言うと、大半の人が「冷たい人間だ」「冷めた人生だ」「人格が終わってる」と言いますが、感情論こそが人と人とのトラブルの元凶です。
ということで本記事では合理的に生きる手法として「人を信じない方法」について紹介できればと思います。
- いつも他人を信用して裏切られてしまう
- 誰かを信じて生きることが幸せだと思っている
- ビジネスは信頼の上に成り立っているから信頼は不可欠だ
とお考えの方こそ、ぜひ最後まで読んでいただければと思います。
人を信じない方法【裏切りや期待への対処法】
人を信じて生きる
言葉にすると、素敵な響きですね。
まさに人生における理想とする形なんだと思います。
ただ、現実としては人を信じても、裏切られることも少なくないはずです。
基本的な定義として「合理的に生きたいなら、他人を信じてはいけない」ことを前提に生きていきましょう!
もっと詳しく言うと「信じるのは勝手だけど、見返りを期待するのは違うよね」ということですね。
信じる=都合の良いリターンへの期待
人を信じることは素晴らしいことですが、その信じる気持ちの中に「リターンを期待する」気持ちが1ミリでも入っていませんか?
それは「信じる」ではなく「依存する」という状態です。
- ビジネスパートナーを信じる
- お客さんを信じる
- 友人(知人)を信じる
全ての後に付くのは「自分に利益を運んでくれると期待する」心情です。
そして、期待してしまうからこそ、想定通りにならない場合に「裏切られた」と勝手に失望しているのです。
誰かを信じて行動する愚かさに気づくべき
以前に、SNSで「●●●さんの言ってる内容は信じれるけど、お前の言ってることは信じれない」というコメントをいただきました。
くだらない内容過ぎて返信はしませんでしたが「信じれるから、だから何?」と思うだけです。すみません。
ブログ界で有名な●●●さんが言ってることは100%信じれる!
だから、どうしたんですか?
以上です。
どうぞ、信じて生きていってください。
●●●さんが言ってることを信じて、それを自分の人生に当てはめて頑張ってください。
そして私のブログの記事はぜひ、信じないでくださいね。それが正解です!なぜなら私は怪しいからですよ!信じるに値しません。
» 参考:競争社会を抜け出すメリット【社会評価の外で幸せに生きる方法を解説】
ただ真実として「●●●さんの言うことを信じている」時点で、あなたは●●●さんに依存した人生を歩んでいるだけです。
その人が商材を出せば、喜んで「信じれる●●●さんの情報だ」と飛びついて養分になるだけです。
それでも大丈夫ですよね。もし●●●さんのノウハウや情報が間違っていても、信じているので「自分のやり方がダメだった」と認識できます!信じれる神様がミスや間違い、他人を騙すことなんて120%ありえません。
- SNSのフォロワーが多い人は信じれる
- 有名人は信用できる
- 大企業は信用できる
こうして、信用尺度を自分で作って、「世の中が右が正解」となれば、思考停止で右に向かう人生。
それは自分で考えて判断するという思考を放棄する人生の始まりです。
そして世の中と、人には大前提があります。
人も世の中も常に変化する
人は変わります。
人が変わると世の中も変わります。
それを成長や退化といった言葉で表現します。
私自身は1日前と言うことが180度変わることが頻繁にあります。なので、他人の信頼をなかなか得ることができません。
理由は単純で「自分が1分1分で成長しているから」です。
勉強したり、様々な経験を積むことで、過去の自分より進化していきます。思考も経験も知識も、どんどん積み上がります。
当然ですが1年前とは完全に思考が変化しています。それと同時に日々の行動も変化しています。
起業当初の思考は「先輩経営者から吸収しよう」でしたが、今では「他の経営者から極力、影響を受けずに生きよう」と考えているので、むやみに人に会ったりすることがありません。
この辺りは地位や名誉は1円にもならない【合理的に生きて自由とお金を得る方法】もぜひ合わせてご覧ください。
そういえば、20代後半までに仲が良かった友人とも、ウマが合わなくなり疎遠になっていますが、問題ありません。
それぞれに成長すれば価値観も、時間の使い方も変わって当然です。
今、仲良く遊んでいる友人や知人がいても、数年経てば連絡も取らないし、会うこともない人間になるはずです。
でも、それでも悪くありません。それが自然です。あなたが成長している限りは、常に人は変化し続けていくということです。
人を裏切ることはダメなことなのか?
人を信じることの対義語が「人を裏切る」です。
そして人生は「信じる人の数だけ、裏ぎり」が存在しています。これは悲しいですが事実です。
人を裏切ることはダメだ!と頭では理解していても、裏切る決断をしなければいけない時が必ずあります。
社員に裏切られた過去からの学び
起業当初に一緒に働いていたスタッフの1人が、病気になってしまいました。
当然ですが、小さな会社なので働けないスタッフに対して、満足のいくケアと金銭対応ができませんでしたが、働きに来れない間も給料の振込みだけは続けました。
しかし、治療に専念しても完治できずに残念ながら、そのスタッフは3ヶ月後に退社となりました。
そのスタッフからは
- 治療を頑張ったが完治できずに申し訳ない
- その間も給料を支払ってもらい感謝している
といった感謝の連絡をいただきましたが、驚くことにそのスタッフは外部の人間や別のスタッフには
- 社長のせいで病気になった
- 治療の間は一切給料をもらえずにいる
- こちらが仕事をした分も振込みがない
- あいつは詐欺師だ!
と言い回していました。
人って簡単に自分の都合の良いように裏切るし、自分だけを守る生き物なんですよね。
これが普通の姿なので、私自身はそのスタッフに「裏切られた」という気持ちは1ミリも感じませんでした。
当然ですが、その悪口を聞かされた他のスタッフからは「社長、本当ですか?」と聞かれたので、振込明細を見せました。
そういった面倒臭さはありましたが「やっぱりなー!裏切ってきたかー!」というのが本音でした。
でも、裏切ったスタッフも裏切りたくてやったわけではなく、自分を守らないといけない理由があったので、彼の中では裏切りこそが正義の行動なんだと思います。だから問題ありません。
「人殺しをするテロリストは許せない」と神に誓いながら、イスラム国にミサイルを打ち込む米国大統領にとっては「人殺しも正義」です。
考えるべきは「自分の感情」ではなく「相手の都合」です。
- 給料を支払ったのに裏ぎりやがった!
→ 自分の感情 - 給料を貰っても裏切らないといけない理由がかわいそう!
→ 相手の都合
という感じです。
こちらとしては、辞めたスタッフは優秀なデザイナーさんだったので、会社を辞めても外注で仕事を回したいと思ったのですが、連絡しても「裏切った」という意識が相手にある以上は、返信は来ないですよね。
そういう意味でも、裏切るという選択をした時点で、彼の人生は大きな損失を出してしまったわけです。
とにかく人は常に自分中心で考えて生きています。
かくいう私も「人は信じない」という生き方そのものが自分中心の考えです。
さらに年齢を重ねるほどに脳の中にあるニューロン細胞という共感を生む細胞が死滅して減っていくので、他人の気持ちを考えることが物理的に難しくなっていくそうです。
老人が公共の場所で自分勝手に振る舞うのは、彼の人間性の問題よりも、心体的な衰えが原因です。なので、むやみに怒らないであげてくださいね(笑)。
「人を信じない」それでも人間関係は常に良好です
誰かを信じようとすると、必ず相手に「見返り」を求めてしまいます。それが人間の自然の心理です。
ただ期待すると、その期待に合わない結果に対しては、むやみに腹立てたり、裏切られたとショックを受けてしまいます。
- 彼氏(彼女)に裏切られた
- 親に裏切られた
- 会社の同僚に裏切られた
- 信頼するパートナーに裏切られた
確かに辛い出来事かもしれませんが、先述したとおり「それぞれの正義があって裏切っている」という相手の都合を想像することができれば、そんなストレスとも上手く付き合うことができます。
私自身は基本的に誰も信じていません。
今現在は株投資の勉強をしているので「先生」と呼べる人に教えてもらっていますが、盲信は一切していません。
利用できる知識やスキルがあれば、そこだけ盗もう
と思っているだけです。
盲信していないので、その「先生」の情報を元に取引をして失敗しても腹を立てることは一切ありません。
自分の親のことも信用していませんし、家族も基本的には他人だと思っています。
こう書くと「なんて冷たい人間だ」と思われますが、別に家族や親に対して「あなたを信用していないので」なんて言う必要はないので、特に人間関係が悪化することはありません。
通常通り、普通に接して、普通に会話して、それぞれの価値観を客観視して、それぞれに都合の良い部分だけ利用し合って生きていけばOKです。
相手の人生に深入りすることもなければ、助言することもありません。
逆に忠告を聞き入れることもありませんので、信頼というファンタジーに頼る必要がありません。
意思決定をする際の基準は「自分がやりたいかどうか」だけ
こうした「誰も信じるな」みたいな話をすると
それでは、他人の意見から物事を決める時はどうすれば良いですか?
といった声があります。
例えば以下のケースはどうでしょうか?
大学に行くか悩む高校生の場合
- 同級生は大学に行った方が就職に有利と言う
- 起業家たちは大学に行かなくても問題ないと言う
- 親や兄弟は、とりあえず大学までは出てと言う
こういう場合は、基本的に人間は自分に強い影響を与えている人の意見を聞いて判断します。
将来に起業家を志していて、ホリエモンやキングコングの西野さんを信頼している場合は「大学に行かなくても大丈夫って言ってるから行かない」と判断するかもしれません。
基本的に強く影響を受けてしまう親から「大学までは・・・」と言われると、やりたいことがなくても「仕方なく進学」を選んでしまうかもしれません。
意思決定で重要なことは、友人だから、尊敬している人だから、親だから!ではなく、客観的に自分で冷静に考えてみて、「どの挑戦なら後悔しないか?」を決断すればOKです。
他人が言った言葉をきっかけにするのはありですが、それに盲信して意思決定をしてしまうのはNGです。
他人に期待せず、人を信じない方法が一番ストレスなく生きれる方法
ということで、そろそろ終わろうと思います。
他人を期待する人生って、常に他人頼みになってしまいますよね。
例えば、先日に千葉に台風が上陸して甚大な被害が出ました。
そんな中でも会社に出社する人たち、社員を出社させる会社に対して批判が出ていました。
それって「会社に期待している人生」の思考じゃないですか?
- 会社だから社員の人生を守るべき
- 天災が起きた時は会社の保証があるべき
- スタッフの生活に支障が出ないように迅速に対応すべき
こうやって他人(会社)に期待して生きると、その期待が叶わなかった瞬間に、期待は敵意に変わり、対象を攻撃し始めます。全ては自分を守るためです。
最初から、他人や会社に期待せずに、どのような状況になっても「自分の力で生活を維持できる」状態を作っておけば、台風の被害にあっても、自分の判断で対応できるはずです。
会社に依存しないと生活できない状態だからこそ、台風で電車が止まっている中でも出社しないといけなくなるわけです。
基本的に人は、それぞれの正義をもって簡単に他人を裏切ります。
国だって、平気で国民の意図することを裏切ります。消費税の増税だって国民は誰も望んでいないはずですが、強制ですよね。
だからこそ、私は他人を信じない方法を軸に、自分の決断で生きていきます。
ということで以上です。
このブログも多くの方々に読んでいただけるブログに成長してきましたが、決して書かれた記事の内容を盲信することなく、自分の判断力を磨く手段として活用してもらえれば幸いです。
最後まで記事を読んでいただき、ありがとうございました!
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